中越から見る地域づくりの本質 ①たし算とかけ算のサポート
今回からは何回かに分けて、
2004年10月23日に起きた中越地震は農山村部に多大な被害をもたらしました。
地震によって山々が崩れ、道路は通行できなくなり、集落は孤立しました。
これにより住民は一時的に集落を離れて、
長い人では3年2ヶ月の仮設生活を余儀なくされました。
この頃は人口減少の危機感が薄かったのですが、震災によって顕在化し、
「これからの人口減少時代の中で、いかに地域を維持させて行くか」
を考えざるを得ない状況になり、様々な施策や研究が実施されました。
中越の経験から得られたノウハウや知識を、
『震災復興が語る農山村再生 地域づくりの本質』稲垣文彦ほか著 小田切徳美解題
をもとに紹介をしていきたいと思います。
https://www.amazon.co.jp/震災復興が語る農山村再生-地域づくりの本質-稲垣-文彦/dp/4861871190
『その1 地域づくりのたし算とかけ算』
その1は、ローカルの体質に合わせたプロセスのデザインについてです。
この本の中で、ローカルが持つ体質を次のように説明しています。
中越地震が顕在化させた本質的な課題は「過疎化・高齢化の課題に主体的に向き合ってこなかった地域社会の姿勢にある」
過疎地域は「依存性、閉塞性、保守性という伝統的な体質を色濃く残している」
「農山村では、そこに暮らす住民の中には、時として『誇りの空洞化』と言わざるを得ないような、その地域に住み続ける意味や価値を見失い、地域の将来に関して諦めにも似た気持ちが、住民を覆っているケースがあるからである。住民が単に当事者意識を持つだけでなく、さらに『誇りの再建』へ向けて進む具体的なプロセスも必要となる」
『震災復興が語る農山村再生 地域づくりの本質』220-221ページ
この体質を持つ地域に対して著者の稲垣氏は、段階の必要性を訴えます。
このような体質を持つ集落への地域づくりのサポートには、段階が必要であることがわかってきた。すなわち、①住民の主体的意識を醸成するサポート(寄り添い型サポート)と、②住民の主体性が生まれた後の、集落の将来ビジョンづくりと実践に対するサポート(事業導入型サポート)である。
『震災復興が語る農山村再生 地域づくりの本質』221ページ
①と②のサポートを具体的に落とし込んだのが次の図です。
イメージしやすいように、寄り添い型サポートをたし算、
事業導入型サポートをかけ算と呼んでいます。
このノウハウを誰がどのように地域に適用して行ったかは、
次回以降の回で紹介していきます。
10年後のローカルの農業像
このブログの初回は、これからの農業についてです。
このテーマは色々な分野で議論されていますが、
今回ご紹介する内容は2017年に日本作物学会が
主催したシンポジウムから抜粋したものです。
(日本作物学会 講演会シンポジウムより 2017 )
作物学は、多様な環境条件下での作物の
生産性・持続性の向上・維持への貢献を通じて
日本の農業生産を支えてきた中山間地域農業の
根底を支える学問です。
これから農業の重要度が上がっていく
我が国の農地と農業生産の
4割はローカルです。
ローカル農地の条件は悪く、
北海道のように効率化も難しい。
また大規模消費地から遠く、
流通経費が掛かってしまいますが、
多様的な日本の食文化を支える
貴重な農業生産地です。
しかし担い手の高齢化が進み、
耕作放棄地が増えて行くばかりです。
これからの日本は人口減少ですが、
世界のトレンドは人口増加です。
今は海外から農産物を安く輸入できて
いますが、これから世界の人口が増えて
行くことを考えると自給率を
高めて行くべきです。
ちなみに日本の環境収容力
(国内の農地面積をもとに何人養うことができ
るか)は、水田+畑地で4億930万人です。
これからの世界の状況を考えれば
農業生産品を日本の主な輸出商品にする
戦略は大いに可能性があります。
とはいえ、条件不利なローカルの農業は
工夫をしなければいけません。
シンポジウムでは実際の事例を踏まえ、
これからの農業像を紹介していました。
①集落営農という担い手不足の解決方法
集落営農とは、集落を単位として農業を
共同で取り組むこと、
つまり農機具や知識や労力をシェアリング
することです。
農家さんに対する研修やアドバイザーの派遣、
設備に対する助成を行っています。
農業像の事例については、
そこまで詳しく書いてなかったので、
情報をリサーチしつつ、随時追記して
いきたいと思います。